MINO-WASHI

美濃和紙の歴史

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美濃和紙が生まれたのは、およそ1300年前の奈良時代
美濃は、和紙の生産に必要な「楮(こうぞ)」などの原料と「良質の冷たい水」が豊富で都に近いことから、和紙の生産に適した土地でした。

室町時代に入ると、美濃国守護の土岐氏は地元の産業を盛り上げるため「六斉市」と呼ばれる紙市場を開催し、和紙の生産地として栄えていきました。やがて紙市場は長良川を伝って三重の港より京都、大阪と国内へ広く知れ渡っていきます。
江戸時代には美濃が特産地と定められたことによって、障子紙として町人からの認知度も増していきました。

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幕府御用達の紙として評価されたこともあり、美濃和紙の生産はさらに拡大されていきました。戦時には軍事品として紙の需要が増大し、美濃和紙も多く使用されました。

戦後は和紙を日常的に使用することはなくなりましたが、美濃和紙は日本の文化を象徴する伝統工芸品の一つとして生産され続けています。美濃和紙の風合いは国際的にも高く評価されており、最近では2020年オリンピックの表彰状としても選ばれました。

美濃和紙の特徴

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日本三大和紙とも言われる美濃和紙の特徴は、薄さと頑丈さ、美しさが共存する点にあります。

その仕上がりは、漉く際に縦横の交互に繊維を流し、ムラを無くすことで実現します。また、美濃和紙は長良川の支流にあたる板取川の良質な水を利用して丁寧に仕上げています。自然のものを活用し、制作過程で余計なものを使用しないことも美濃和紙の美しさの秘訣です。

特に光に透かしたときの美しさは随一で、古くから障子や提灯などの照明としても重宝されてきました。

手漉きで和紙を作成する職人が減る一方ではありますが、技術の発達により
機械抄きであっても手漉きと同様に美しい和紙を生産することが可能になりました。
機械だからこそ生み出すことのできる新しい和紙も続々登場し、美濃和紙の伝統が受け継がれています。

無形文化遺産「本美濃紙」

美濃で多く漉かれている和紙の中でも、「本美濃紙」と呼ばれる特別な和紙があります。
2013年には本美濃紙の技術がユネスコ無形文化遺産として登録され、
以下のような指定要件を満たしたものが本美濃紙として認められます。

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  • 楮(こうぞ)のみを原料としていること
  • 定められた伝統的な製法、製紙用具を使用し製造すること
  • 本美濃紙の伝統的な仕上がりであること

白さ、不純さ、柔らかさ、強さなどの要素を極めた本美濃紙を漉くのは容易ではなく、それを漉くことができるのは限られた職人のみです。
その美しさが認められ、日本国が海外からの賓客をおもてなしするための施設である「京都迎賓館」では、障子や照明などに本美濃紙約5,000枚が使用されています。

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